トップメッセージ Sustainability
挑戦の舞台を世界に広げながら
自然と共生するビジネスの実現に向けて
ゴールドウインならではの価値創造を追求し続けます。
渡辺 貴生
事業を通して未来に遺していける価値とは
ファッション産業は、気候変動や生態系への影響、大量生産・廃棄による資源の浪費、サプライチェーンにおける人権や公正な調達など、多くの社会課題と対峙しています。私たちゴールドウインも現実から目を背けることなく、事業が及ぼす影響を真摯に見つめてきました。なぜこの事業を続けるのか。未来にどんな価値を遺せるのか。自問を重ねた末にひとつの答えとして2024年に掲げたのが「人を挑戦に導き、人と自然の可能性をひろげる」というパーパスです。数字の拡大だけを事業の目的とせず、地球環境を再生し、次世代に美しい自然を手渡す力となる―そうした覚悟と願いをこのパーパスに込めています。
自然は常に変化し続ける存在です。そして人間は自然と向き合うことで、自分自身の変化にも気付くことができます。「未知の体験に、好奇心を持ってチャレンジしてほしい」と社員に常々伝えているのは、変化こそが人を成長させるという思いが背景にあるからです。製品やサービスを通じて、お客さまが自分の限界を超える瞬間や、自然と出会う機会を創造していくことで、私たちもまた新たな成長を得られます。これが私たちの掲げるパーパスの本質であり、ひいてはゴールドウインの存在意義につながっています。
変化と成長のために不可欠な挑戦
自然も人も変わり続ける。その前提に立ち、私たちは慣例にとらわれず価値を生み出してきました。1985年、アメリカで「ザ・ノース・フェイス(THE NORTH FACE)」創業者のひとり、ケネス・ハップ・クロップ氏から「模倣ではなく自分で考えろ」と言われた言葉はいまも心に残っています。前例にとらわれる人が少なくない中、私は彼の言葉を信じて、本当に必要な価値は何かと、問い続けてきました。
例えば、山岳用レインウエアは、万一の際に発見されやすい派手な色が常識とされていました。そうした中、都市でもフィールドでも着られるレインウエアを念頭に、黒を提案。「黒は売れない」と多くの反対を受けつつも直営店で扱うと、実際に一番売れたのは黒でした。多くの人が黒を求めていたことが証明され、やがて黒のアウターはブランドの定番製品に育ちます。業界の常識を超え、潜在的なニーズを形にするという経験が、「常識を突き抜ける想像力」の大切さを改めて教えてくれた、印象深い思い出のひとつです。
また、もうひとつ私たちが重視する理念が「Dedication to detail」です。見た目の美しさだけでなく縫い代やパーツの配置、着心地や耐久性といった部分まで徹底する姿勢は、創業者・西田東作が「目に見えるところは誰でも気を付ける。しかし、見えないところに細心の注意を払うのがメーカーの良心だ」と語った精神に根ざしています。ものづくりの過程では社員同士が「この部分はもっと改善できるのでは」と日々議論を重ね、試行錯誤を繰り返しています。
「常識を突き抜ける想像力」と「Dedication to detail」が互いに刺激し合い、新たな価値を生み出す今、その好例と言えるのが構造タンパク質素材「Brewed Protein™(ブリュード・プロテイン™)素材」です。クモの糸に学び、微生物発酵によってタンパク質素材をゼロから創り出す、世界初の挑戦です。石油や動物由来に頼らないサステナブルなモノづくりに取り組み、数えきれない試作と検証を重ねていく。未来の素材づくりを突き動かしているのは、環境課題に向き合い「使い手の心地よさ」を妥協なく追求する現場の執念と情熱なのです。
確かな手応えが未来への推進力になる
現在の中期経営計画の1年目である2025年3月期は、売上計画はわずかに未達でしたが、会社全体の成長の基盤が着実に強まった1年でした。なかでも「Goldwin500」プロジェクトの手応えは大きく、「ゴールドウイン(Goldwin)」単体での売上は44億円(2024年3月期32億円)と大きく成長。国内外の市場では「高機能と美しさ」「長く愛用できるデザイン」といった価値が高く評価されており、2027年3月期に目指す売上100億円という目標も、十分に視野に入ってきました。
「ザ・ノース・フェイス」は引き続き当社の成長と収益の柱であり、都市部の旗艦店展開やインバウンド需要が追い風となりました。一方で秋冬商戦では暖冬の影響を受けて需要が大きく後ろ倒しされ、市場変化への対応の難しさも痛感しました。こうした対応力や、現場の迅速な意思決定をさらに強化し、市場の動きに素早く応える「実需型ビジネスモデル」を一層磨いていく必要があると考えます。どれほど立派な計画も、現場で実現できなければ意味がなく、お客さまのリアルな声にしっかりと耳を傾け、社員一人ひとりが自ら考え動ける体制づくりを着実に進めていきます。
製品にも店舗にも新たな創造性を
2026年3月期は、売上目標1,405億円を掲げ、長期ビジョン「PLAY EARTH 2030」に向けた本格的なアクションフェーズに入ります。海外事業では中国・韓国・欧州を中心に展開を加速し、現地パートナーと協働しながら店舗空間やVMD(ビジュアルマーチャンダイジング)、接客を通じて、よりダイレクトにブランド価値を届けます。地域特性に応じた運営やプロモーションを強化し、国内で培った「実需型ビジネスモデル」を海外においてもいかに実現するかが、次のステージに向かうための重要課題です。
国内事業では、「ザ・ノース・フェイス」を中心としたブランド体験と、日常生活への価値提案を軸に、季節変動に左右されにくいアクセサリーやバックパック、シューズ等の比率を高め、収益の安定化を図ります。シューズの「VECTIV」シリーズや、ウィメンズ・キッズラインも今後の成長分野です。特にキッズ向け製品は親世代へのブランド訴求が重要であり、親子で楽しめる体験型店舗やイベントを拡充するため、大型の拠点店を全国に展開します。
こうした戦略に基づき、2026年3月期は「ゴールドウイン」を中心に国内外15店舗の出店を予定しています。店舗は「企業の姿勢がもっとも表れる場所」であり、店舗数の増加は、お客さまが私たちの世界観や価値観に触れる機会を増やすことだと考えます。新規出店を加速する中で、私自身も中国や韓国、欧州の店舗を訪れ、現地社員やお客さまと対話を重ねてきました。各地での経験を通じ、“プレミアムスポーツブランド”としての「ゴールドウイン」の価値が、感度の高い都市部のお客さまにも確実に広がりつつあることを実感しています。
2025年5月に開業した関西初の旗艦店「Goldwin Kyoto(ゴールドウイン京都)」では、製品の背景にあるストーリーを専門販売員が丁寧に伝えています。お客さまが製品を手に取った瞬間に、その背後の情熱や世界観まで感じ取ってくれる。この実感は、モノづくりに携わる者として何よりの喜びです。現在、国内直営店舗を160店(2025年3月末時点)擁していますが、今後も直営の形にこだわり、社員一人ひとりがブランドの理念を体現できる文化を大切に育んでいきます。そのためにも、デザインをはじめとする店舗表現力は大切であり、ブランドの世界観を突き詰めた新たな店舗設計に挑んでいきます。
未来のための自然をつくる
富山県南砺市で進める「Goldwin Play Earth Park(ゴールドウインプレイアースパーク)事業構想」は、従来のアパレル企業の常識からは決して生まれてこなかったものです。約40ヘクタールのフィールドを、遊びながら学び、未来を共創できる場として育てていきます。2027年開業予定の「Play Earth Park Naturing Forest」のテーマは、失われつつある自然を守るのではなく、未来の自然を「つくる」こと。自然は常に変化する存在だからこそ、子どもたちと一緒にそこに取り組んでいきたいのです。
こうした「コト事業」と呼ぶ体験領域も、2026年3月期から本格始動します。2025年4月には、登山やトレッキングなど自然体験ツアー実績を持つアルパインツアーサービス株式会社をグループに迎え、アドベンチャーツーリズム分野に参入しました。今後は「ザ・ノース・フェイス」の店舗でのギア購入時に体験サービスを申し込める仕組みや、社員自らがガイドを務めるプログラム実施も視野に入れています。体験領域の事業は企業研修や環境教育といったB to B展開も十分に考えられます。さらに、環境省と締結する「国立公園オフィシャルパートナーシップ」を下地に、日本各地の国立公園を起点とした体験プログラムをデザインし、訪れる人々に自然と触れ合える機会を提供していきます。
これらは、「人を挑戦に導き、人と自然の可能性をひろげる」というパーパスを、アパレル事業を主軸とする会社として具現化していく、私たちの挑戦です。体験領域の展開は、成長戦略におけるキードライバーであり、当社の価値をさらに高めていくものと確信しています。
すべてのステークホルダーとの共創へ
「豊かさ」というと経済的成功を思い浮かべがちですが、人間は本来、経済的な指標だけで動く存在ではありません。他者と理解し合い、自分の存在が誰かの役に立っていると実感できてこそ、心から満たされます。特に若い世代には、自己実現だけでなく他者の喜びや社会への貢献に価値を見出す人が増えていると感じ、私自身も年齢を重ねた今、その思いを強めています。
私たちの事業は、製品をつくり販売するだけではありません。機能や効率のみに執着せず、考え抜かれたシンプルさや、自然と調和する普遍的な美しさを大切に、モノづくりを通して社会への責任を果たしていく。お客さまやパートナー、社員の挑戦を後押しし、自然と人の関係をよりよいものに変えていく。こうした思いが「Goldwin500」や「コト事業」といった取り組みにつながっています。
社会や環境の大きな課題は、私たちだけで解決できるものではありません。同じ志を持つ仲間と手を携え、選択と行動を誠実に重ねることで、社会や自然に新しい価値を生み出せると信じています。これからも「人を挑戦に導き、人と自然の可能性をひろげる」―その想いを胸に、一つひとつの行動に向き合っていきます。
2025年10月
代表取締役社長CEO(最高経営責任者)