パラアスリート鈴木孝幸の世界への挑戦と、パラスポーツへの思い(後編)News

2024.06.28

パラアスリートとして第一線で活躍する競泳の鈴木孝幸は、競技に取り組む一方、IPCパラスポーツ評議委員としてパラスポーツの普及に取り組んでいる。さらに、2024年4月から配属となったサステナビリティ推進室では、共生社会を推進する役割も担う。後編では、パラスポーツを通じて実現する、よりインクルーシブな社会について考える。

今年6月、鈴木のこれまでの挑戦を題材にした絵本が発刊された。「きんメダルへの ちょうせん」(チャイルドブック「みんなともだち」2024年7月号、文/高橋うらら 絵/ゆーちみえこ)というその絵本には、幼少時から世界の舞台で金メダルを獲得するまでの軌跡が描かれている。

里親の願いでもあった、絵本化

「亡くなった僕の里親は保育士だったのですが、生前、僕を題材にした絵本を作りたいという希望を抱いていました。今回、里親の希望を一つ叶えることができてありがたいなと思っています。イラストのタッチもとても素敵ですよね。作画のゆーちみえこさんが取材にいらして、僕の話をヒアリングしながらその場でさーっとスケッチしてくれたのですが、『手に靴をはめていた』なんてエピソードから、僕の特徴を的確にイラストに起こしてくださいました。まだ字を読めない子どもたちには大人の方に読み聞かせしていただき、一人でも多くの子どもたちに水泳に興味をもってもらったり、目標をもつことの楽しさに気づいてもらえたりしたら嬉しいです」

鈴木孝幸の金メダルへの挑戦を描いた絵本の冒頭シーン 
タイトル:「きんメダルへの ちょうせん」(チャイルドブック「みんなともだち」2024年7月号に掲載)
文:高橋うらら
絵:ゆーちみえこ

絵本の最後には鈴木からのメッセージが掲載されている。次世代に伝えたいことをわかりやすい言葉でまとめたものだ。

「絵本のなかでも、小学生の僕が通っていた水泳教室で年少の子どもたちにじろじろ見られるエピソードがあります。僕たちはこういう経験を通じて社会にはいろいろな人がいることを学んでいくのだと思います。障がいのある人たちが普通に社会参画している、それが当たり前であってほしい――講演ではそのような話をしていますが、まだ小さいお子さんには絵本を読むだけでそれを理解してもらうのは難しいかなと思いましたので、絵本の最後に、読み聞かせをしてくれる大人の方に向けたメッセージも添えさせてもらいました」

過去の講演会での様子

鈴木がスポーツマネジメントを学んだイギリスは、共生社会への取り組み先進国だといわれている。日本でもパラスポーツの普及などが推し進められたが、各国のパラスポーツ事情をどう考えているのか。


障がいのある人が当たり前に活躍していた、イギリスの思い出

「僕が留学時に暮らしていたイギリスのニューカッスルでは、障がいのある人とない人が普通に共生していて、障がいのある人もごく自然に社会に参加していました。両手がふさがっている人のためにドアを開けてあげるのと同じ感覚で、通りすがりの人が車椅子ユーザーをサポートしてくれる。それも、いかにもやんちゃそうな若い子が、さっと手を差し伸べてくれる。メディアには障がいのある気象予報士やコメンテーター、パラスポーツの解説者が当たり前のように登場していますし、スポーツチャンネルではパラスポーツの世界選手権を放映している。そしてパブでは、一般の人がそうしたスポーツを熱心に観戦しています。

イギリスは2005年ごろから、共生社会を目指すインクルーシブ教育を始めました。同時に、パラスポーツ普及のための取り組みもスタートしています。たとえば、パラ水泳やパラ陸上の世界選手権を招致したり、学生選手権にパラスポーツの選手が参加できるシステムを整備して、大学側がパラスポーツの高校生を積極的に採用する仕組みを作ったり。その結果、2016年をきっかけにパラスポーツが一気に市民に浸透し、パラアスリートへもあこがれのまなざしを向けるようになりました。現在では、障がいのある人やパラアスリートの活躍を目にすることが当たり前になっています」

翻って、日本社会にはどのような変化が生じただろうか。東京でもイギリスと同じような試みはあった。そして、鈴木が出会った現場の担当者たちはみな情熱を持って取り組んでくれていた。バリアフリーなどハード面の整備は進んでいる。けれども鈴木は、「まだまだ自分が思い描く共生社会からは遠いところにいる」と感じている。

「そのなかでパラアスリートの役割は、障がいのある人も社会に進出し、そこで居場所を作っているということを、競技での活躍を通じて一般の人に理解してもらうことなのかもしれません。障がいのある人が当たり前に活躍する社会、『がんばる』とか『がんばらない』という意識さえ生まれないような社会を実現していきたいですよね。“共生”とはどういうことなのかを、これからも考えていきたいと思います」

2024 日本パラ水泳春季チャレンジレース / 提供:JPSF


障がいのある人が充実した一生を送るために

そうした日本においても、パラアスリートたちの活躍をきっかけに、パラスポーツやパラアスリートをサポートしようという企業が増えている。

「ゴールドウインのようにパラアスリートを雇用して、競技やそれにまつわるトレーニングを業務として扱ってくれる企業も出てきています。僕がゴールドウインに入社した2009年当時、パラスポーツやパラアスリートを支援しようという企業は本当に少なかったのですが、当社に所属できたことでロンドンを目指せることになりましたし、社員からの応援を糧に、世界で活躍してメダルを取ることで企業に貢献しようという意識も芽生えました。そもそも、家族や友人以外からの応援は、競技を続ける上で大きなサポートになりました」

今年5月には新たに味の素株式会社とのパートナー契約締結を発表。日々の練習および試合における栄養面でのサポートを受けられることになった。

「食育に力を入れておられる企業なので、今後はそういうジャンルで手を携えて活動していきたいと考えています。僕がとくに興味を持っているのは障がい者の健康寿命の延伸です。僕が得意とするスポーツと、味の素社がもつ栄養面の知見を掛け合わせ、障がいのある人々が長く健康的なライフスタイルを送れるような活動に取り組んでみたいですね」

パラアスリートとしてトレーニングに励む一方、IPCアスリート評議委員として多くのパラアスリートたちの声を大会運営に取り入れていこうと精力的に活動する鈴木。サステナビリティ推進室の業務では異分野・異業種と手を携え、幅広いネットワークを築きつつある。障がいのあるあらゆる人々が社会と関わりながら、充実した人生を送るという目標を抱き、さらなる活躍を誓う。



【インフォメーション】

■味の素株式会社とのパートナーシップ契約を締結
2024年5月22日既報(味の素株式会社プレスリリース)
https://www.ajinomoto.co.jp/company/jp/presscenter/press/detail/2024_05_22.html

■掲載書籍情報
タイトル:「きんメダルへの ちょうせん」
(チャイルドブック「みんなともだち」2024年7月号に掲載)
文:高橋うらら
絵:ゆーちみえこ

ご購入希望の方へ:
こちらから【みんなともだち 2024年7月号 購入希望】として、お問い合わせください。
https://www.childbook.co.jp/inquiry/

掲載号の詳細はこちら:
「みんなともだち」2024年7月号
https://www.childbook.co.jp/monthly/info/

パラアスリート鈴木孝幸の世界への挑戦と、パラスポーツへの思い(前編)



(プロフィール)

鈴木孝幸
すずき・たかゆき
株式会社ゴールドウイン サステナビリティ推進室サステナビリティ推進グループ所属
1987年、静岡県浜松市出身。
6歳で水泳を習い始め、高校入学後、本格的に競泳に取り組む。高校3年生の時に日本代表としてアテネ2004パラリンピックに出場。団体で出場した200mメドレーリレーでは銀メダルを獲得。200mフリーリレーでも4位入賞を果たす。早稲田大学教育学部在籍時に出場した北京パラリンピックでは日本の競泳チームの主将を務め、150m個人メドレー、50m平泳ぎ、50m自由形、100m自由形、200m自由形に出場し、50m平泳ぎで金メダル、150m個人メドレーで銅メダルを獲得。平泳ぎの予選では48秒49の世界記録を打ち立てた。大学卒業後、株式会社ゴールドウイン入社。スピード事業部、コーポレートコミュニケーション室、CSR推進室を経て、2024年4月から、サステナビリティ推進室に所属し、共生社会推進の役割を担う。ゴールドウイン所属後もロンドン、リオ、東京と連続してパラリンピックに出場し、東京では金メダル1個、銀 メダル1個、銅メダル3個を獲得、出場した全種目でのメダル獲得を果たした。その功績を認められ令和3年度紫綬褒章を受章。また、現在、IPCアスリート評議委員としても活動中。

(写真 田辺信彦/文 倉石綾子)