未来を見据えた新技術 About
Spiber株式会社との共同開発 構造タンパク質素材
「Brewed Protein™(ブリュード・プロテイン™)」
共通のVISION
持続可能な社会の実現を目指して
現在、スポーツアパレルの多くはポリエステルやナイロンなどの合成分子材料を使用しています。その原料となる石油は、何億年もの歳月をかけてプランクトンや藻類などの有機物が、地中の高温高圧下で分解される過程で生成されたものだと言われていますが、人類はその地下資源を数百年という地球の歴史から比べると極めて短いスパンで大量に掘り出し、消費しています。その結果、大気中の二酸化炭素濃度の急激な上昇による気候変動、また、石油化学由来素材のマイクロプラスチックによる海洋汚染といった環境問題が顕在化しています。また、これら多くの石油化学由来の製品価格には、このような気候変動や環境汚染対策にかかる社会的なコストは含まれず、安価かつ容易に生産が可能な石油製品が世界中に溢れかえっているのが現状です。
現代に生きる私たちにとって、石油などの化石資源をベースとした短期視点の消費型経済から、持続可能な資源をベースとした長期視点の循環型経済へ転換していくことは未来の世代に対する責任です。当社は、この共同開発を通して、自然と人間の関係性について改めて見つめなおし、機能性と環境性を高度に両立した全く新しい素材のあり方、製品のあり方、経済のあり方を考え続け、自然と美しく調和する未来のライフスタイルに寄り添うスポーツアパレルをデザイン、提案することによって、人類社会の持続可能な発展に大きく貢献できると信じ、研究開発に努めています。
共同開発の経緯
クモ糸の再現を目指した研究開発は、多様にデザイン可能な「Brewed Protein™」へ
2015年から、Spiber社と地球環境の課題解決に向けた大きなビジョンを共有し、天然の構造タンパク質素材であるクモ糸の再現と、そのアパレル製品への応用を目指して共同研究開発を開始し、2015年10月には現「MOON PARKA」(※後述)の初代プロトタイプモデルとして天然のクモ糸タンパク質であるフィブロインを用いたアウトドアジャケットを開発しました。
しかし、最も大きな課題となったのはクモ糸の特性のひとつ「超収縮」です。高い強靭性を持ち、クモが命綱として使う「牽引糸」は、水に濡れると数十%もの収縮が起こることが知られています。Spiber社で開発を進めていた構造タンパク質素材「QMONOS(クモノス)」 は、その名の通りクモ糸(牽引糸)由来のフィブロインをベースとしていたため、天然のクモ牽引糸が持つ超収縮という特性を引き継いでいました。製品化に向けた様々な検討を進める中で、この超収縮の影響により、紡糸条件や後処理の検討だけでは、製品が水に濡れた際の寸法安定性を当社の製品基準内にコントロールすることが難しいことが示唆されました。この結果を受け、Spiber社は新たに天然のクモフィブロイン遺伝子の解析を進め、超収縮を生み出すアミノ酸配列の特徴を推定、その特徴を配列中から取り除き、且つ、微生物内での高い生産性を実現させるための大規模な配列の改変を行った新たな遺伝子を設計。進化のプロセスと同じように、分子レベルでの改良を繰り返すとともに、進化した構造タンパク質のポテンシャルを引き出す独自の紡糸・製織・加工プロセスを一つひとつ確立することで、水に濡れても高い寸法安定性を示す新しいタンパク質繊維の開発に成功しました。これは既に天然のクモ糸のアミノ酸からは大きく変化していました。このようにして生まれた新たな構造タンパク質は用途に応じて素材の特長をデザインすることが可能であり、そこから生み出される素材は多種多様な特性を持ちうることから、これを機にSpiber社が生み出す構造タンパク質素材の名称を、機能や由来する生物を象徴する「QMONOS」から、より上位の概念である微生物による発酵(Brewing)という製造工程の特徴に由来する「Brewed Protein™」に変更しました。
「Brewed Protein™」の特長と可能性
化石資源に依存しない次世代の基幹素材に
構造タンパク質素材「Brewed Protein™」の最大の特長は、その原料を石油などの化石資源に依存しないことです。微生物を活用し、主に植物由来の糖類(グルコースやスクロース)を原料として、発酵生産によりつくられます。石油由来の原料を使用せず、アパレル分野における脱マイクロプラスチック・脱アニマルのニーズや輸送分野における軽量化のニーズ、また人工毛髪や医療分野などに対しても、大きな役割を果たせる可能性を秘めており、持続可能な社会の発展に資する次世代の基幹素材と目されています。
「Brewed Protein™」の生産方法
Spiber社では、構造タンパク質を生体内で合成するために必要な設計図となる遺伝子を独自にデザインし(※図①)、それを構造タンパク質の生産性に優れた微生物に導入し(※図②)、「Brewed Protein™」を合成します。微生物が「Brewed Protein™」を合成するためには、栄養源となる糖類やミネラル等の原料が必要です。「Brewed Protein™」の量産においては、それらの原料を大規模なタンクに仕込み、微生物の数を大量に増やして、「Brewed Protein™」を高効率に生産します(培養工程 ※図③)。培養工程終了後、微生物自体は素材原料としては不要であるため、「Brewed Protein™」と分離し、純度を高めます(精製工程 ※図④)。精製された「Brewed Protein™」は、最終的に乾燥された状態となり、そこから繊維やフィルムなど、各種素材に加工されます(※図⑤)。
「Brewed Protein™」を使用した当社の製品開発-1
地球規模の環境課題に対するメッセージを込めたTシャツ
新たに生み出された構造タンパク質素材「Brewed Protein™」を使用した世界で最初の製品が「ザ・ノース・フェイス(THE NORTH FACE)」から2019年8月に発売したTシャツ「Planetary Equilibrium Tee」です。
Planetary Equilibriumとは「地球の均衡」を意味し、Spiber社とのコラボレーションアイテムとして、研究開発の意義でもある地球規模の環境課題に対するメッセージを込めたTシャツです。植物由来のセルロースである「コットン」と、Spiber社が生み出した微生物由来のプロテイン「Brewed Protein™」から成り、それぞれの素材を82.5 : 17.5の割合で配合しています。これは地球の植物と微生物が大半を占める地球のバランスを象徴すると同時に、動物に頼らないモノづくりの可能性をメッセージとして示しています。できる限り地球のバランスに寄り添うかたちで、一次生産者である植物とエネルギー効率の高い微生物から資源を生産する。これが、私たちが考えるひとつのビジョンです。
「Brewed Protein™」を使用した当社の製品開発-2
課題を克服し4年の歳月を経て開発されたアウトドアジャケット
2019年12月には同じく「ザ・ノース・フェイス」からアウトドアなどの様々な環境下で着用することを想定したジャケット「MOON PARKA」を発売しました。「MOON PARKA」は3層から成る表地の表側に「Brewed Protein™」を100%使用し、表地の中間層には防水透湿ラミネートを、中わたにはダウン(羽毛)を使用することで、防水透湿性・保温性を確保したアウトドアジャケットです。「MOON PARKA」の製品名は、「困難だが実現すれば巨大なインパクトをもたらす壮大な挑戦」という意味として使われる「Moonshot(ムーンショット)」に由来します。
前述のTシャツが「Brewed Protein™」を短繊維として使用したウエアであるのに対し、「MOON PARKA」は長繊維として使用。この2つの繊維から製品の要求品質を満たす素材を作り出せたことで、今後様々なアパレル製品への応用が可能となりました。
「Brewed Protein™」を使用した当社の製品開発-3
多様性と汎用性に富んだ動物繊維との混紡
2020年11月には当社オリジナルブランド「ゴールドウイン(Goldwin)」から、毛素材と「Brewed Protein™」を混紡したセーター「The Sweater」を発売しました。
人類は今日まで技術と英知によってセーターを進化させ、冬には欠かせないものとなりました。原点となる1000年前に誕生したセーターから、ほとんどその形を変えることなく今日まで愛され、世界中の様々な人々の文化や歴史に寄り添ってきたのは、多様性と汎用性に富んだ動物繊維とそれを最大限に活かしたセーター編がもたらしたものです。この「The Sweater」は、そのセーターの起源ともいわれる形を、原点とは何であったか、そしてこの先の未来に続くものは何かを探りながら編み出した一枚です。
さらに「黒」とは全ての色を混ぜ合わせると出来上がる色であり、始まりの色であるとも言われます。古来より親しまれてきたセーターを現代の技術によって未来へ繋ぐ。「これまで」と「これから」を意味する黒の一枚が「The Sweater」です。
「Brewed Protein™」を使用した当社の製品開発-4
人と自然がともにある未来を構想する「Goldwin 0」
2022年秋、「Goldwin 0」の展開を開始しました。
「Goldwin 0」は、アパレルや視覚表現、音楽、空間など、さまざまな領域のクリエイターとの協業によって人と自然がともにある未来を構想するプロジェクトです。
新技術や素材などの要素を掛け合わせた機能性の高さで、すべての場所や用途に適応するオンとオフの両立を可能にしたメンズ/ウィメンズウエアの開発を目指します。
「Brewed Protein™」を使用したジャケットなど、環境への負荷が少ない素材を使い、循環型社会の実現に向け「Circulation」「Borderless」「Co-Creation」の3つのキーワードを表現します。
「Brewed Protein™」を使用した当社の製品開発-5
構造タンパク質素材を使用したフリース
2022年秋、「ザ・ノース・フェイス」は、デザイナー渡辺淳弥が手がけるJUNYA WATANABE MANのセカンドライン「eYe JUNYA WATANABE MAN」とコラボレーションし、「Brewed Protein™」を使用したフリース「The Earth Hoodie」を発売しました。
アウトドアからカジュアルまで現在では幅広いシーンで使われているフリースの多くは、枯渇資源である石油由来の化学繊維が使用されています。
さらにフリースから抜け落ちた化学繊維の糸くずは、洗濯などによって家庭排水を通して川から海に流れ出てマイクロプラスチックとなり、海洋生物をはじめとする生態系に悪影響を与えるといわれています。
この「The Earth Hoodie」は植物由来のバイオマスを原材料にして開発された「Brewed Protein™」を使用しているため、脱マイクロプラスチックなど環境負荷低減に寄与するものと期待されています。
スポーツアパレルにおける「Brewed Protein™」の可能性
完全なる循環型スポーツアパレルを目指して
ゴールドウイングループでは、環境の持続可能性を高め、生活者に安全で長期にわたって役に立つ製品を提供することを目指し、環境負荷が低く再生可能な原材料を使用した製品開発を積極的に進めています。
決して遠くない将来には、表素材、裏地、ダウン、ファスナーなどのウエアを構成するあらゆる素材をこの原料を石油に依存しない「Brewed Protein™」に置き換えることも可能であるとの想定のもと、それらのウエアを再び原料に戻して新たな衣服に再生できる仕組み作りも一つの視野に入れながら、循環型のスポーツアパレルを目指します。
スポーツを愛する私たちだからこそ、未来の美しい自然の中で最大限のパフォーマンスを発揮できる機能性を備えたサステナブルなスポーツアパレル開発を今後も行ってまいります。