
創業の地、富山県小矢部市内のゴールドウイン本店内に研究開発施設「ゴールドウイン テック・ラボ(GOLDWIN TECH LAB)」があります。先進のモノづくりを進めるこの「テック・ラボ」の部長、平山壮一は、長く営業職を務め、当社のヒット製品である高機能スポーツタイツ「C3fit(シースリーフィット)」の企画に携わったのち、2023年に部長に就任しました。スポーツアパレルの“川下”を熟知した平山が、“川上”の「テック・ラボ」で何を考えるのかーー。当社のスポーツ・アウトドアアパレルの未来を牽引する研究開発拠点が富山にある意義を、このインタビューを通じてお伝えします。

アスリートと共につくる「信頼の道具」
「ゴールドウイン テック・ラボ」に一歩足を踏み入れると、博物館のように飾られた品々が目に飛び込んでくる。1964年開催の東京オリンピックの日本バレーボールチームが着用したユニフォーム、1970年代、フザルプ社やエレッセとの技術提携で生み出されたスキーウエア、三浦雄一郎氏が75歳でエベレスト登頂を果たした際に着用していた「ザ・ノース・フェイス(THE NORTH FACE)」のアウター、2023年の「ラグビーワールドカップ2023™」で日本代表の活躍を支えた「カンタベリー(canterbury)」のジャージーなど、展示品には当社の歴史と技術がつまっている。
「ラグビー日本代表のジャージーは、100人近くの代表選手を3Dボディスキャンし、繊維メーカーと生地を開発し、縫製まで自前で行いました。企画から素材開発、縫製、テストまで、一気通貫で内製できることこそがわれわれの強みです」(平山)
「テック・ラボ」には、3Dボディスキャンのほかにも人工気象室やレインテストルーム、モーションキャプチャーなどの設備がある。人工気象室ではマイナス30度から40度までの極寒や酷暑、富士山頂レベルの酸素濃度など自然環境を再現でき、アスリートの限界試験が可能だ。加えて縫製サンプルルームもあり、研究データの収集で終わるのではなく、製品に落とし込むことを前提とした「実験場」となっている。

たとえばラグビーは、ポジションによってプレーの特性が異なり、それに応じて選手の体格やパフォーマンスも変わってくる。そのため、選手のパフォーマンスが最大限に発揮されるように、ラボやフィールドでのテストデータをもとに、シルエットも生地もポジション別にオリジナル開発した。トレイルランナーのトップ選手とはバックパックやアパレルを共同開発。海洋冒険家の白石康次郎氏も、過酷な海を渡るためのウエア開発のため、この「テック・ラボ」を訪れるトップアスリートの一人だ。
「白石さんと、人工気象室で気温40度などリアルに近い環境をつくり、水を浴びながらのロープワークを続ける実験をしたことがあります。“守られた環境で自分の限界を知ることができてよかった”という言葉を白石さんにかけられたとき、『テック・ラボ』での実験が、一人きりの海上で命を守ることにつながるのだと実感しましたね」(平山)
アスリートの命を託す装備をともに開発する現場で得られる知見は、そのまま製品に生かされる。契約するトップアスリートとの信頼関係の積み重ねは、そのまま、製品への信頼につながっている。

北陸に根差すモノづくりの力
「テック・ラボ」がつくられたのは2017年のことだ。それ以前から研究開発は続けられていたが、あえて一つの拠点として整備した背景には、「研究開発を社内外に見える形にする」という狙いがあった。
「一般的な人の平均体型であれば、すでにあるデータを購入しそれを元に製品開発ができます。当社では、ラグビー日本代表選手の体型データを『テック・ラボ』の設備を活用して収集します。つかみづらいように体にフィットするように設計された型紙、引っ張られても破れにくい糸など、最高のパフォーマンスを追求したモノづくりを行なっている。このことを社内外に見える化したのが、『ゴールドウイン テック・ラボ』です」(平山)

創業の地、富山県に「テック・ラボ」があることもまた強みのひとつだ。富山県を含む北陸は、繊維産業の集積地であり、高度な技術が根付いている。「環境負荷を低減した防水透湿素材開発を行うとある海外のスタートアップ企業の社長と話をしていたら、求める生地を探した結果、日本の北陸に行き着いたと言われたことがあるんですよ」と平山は言う。ニット生地や合繊織物、はっ水加工などの世界的に通用する技術が、「テック・ラボ」から車で30分圏内に集まっている。富山県内で近接した繊維メーカーと連携したものづくりができること。これが、スピーディーな試作や改良を可能にし、海外生産では実現しにくい柔軟性をもたらしてもいるのだ。

「積層空気断熱」新テクノロジーで未来を変える一着
近年、「テック・ラボ」が生み出した技術の中でも注目してもらいたいのが「空気を断熱材として積層する」新型ウエアだ。フランス東南部シャモニーで毎年8月末に開催されるトレイルランニング大会のブース「ウルトラトレイル®ビレッジ」に今夏、当社は初出展した。ブースでは、衣服内に空気を取り込み、その空気量を調整することで保温性を大きく変えることができる新たなテクノロジーを活用したプロトタイプが展示された。

「このテクノロジー、実は住宅に使用される三重窓からヒントを得たんです。従来、空気は断熱性が高いとされてきましたが、層が厚すぎると対流が起き、外気温と内部温度が均一化してしまう。三重窓は、3枚のガラスで空気層を重ねることで断熱性を高めています。衣服でも同じように薄い空気層を重ねることで対流をおさえ、安定した保温性を確保する技術を確立しました。空気を入れれば暖かく、抜けば涼しくなる。このテクノロジーを使えば、1日の寒暖差が大きくなる登山やトレイルランニング、気温変化の激しい都市生活でも1着で、薄手のジャケットから厚手のダウンジャケットの代用品となります」(平山)
羽毛や化繊などの中わた素材を使用しない先端テクノロジーを使った製品は、気候変動への対応や環境負荷軽減にもつながる。今後、2026年秋冬シーズンを目処に量産販売が計画されているこの技術は特許申請も進められており、当社の「武器」のひとつとなる予定だ。

スポーツアパレルを支える感性と理論
「当社の製品は、感性によるデザイン性と理論による機能性の両輪のどちらも妥協しない」と平山は言う。「テック・ラボ」は、その考えを体現する場。福岡営業所や大阪支店や東京本社での百貨店販売など営業職を経て、コンプレッションアンダー事業部で「C3fit」のブランドを立ち上げ、企画職を経験した平山だからこそできることがある。市場と研究者集団をつなぐ「橋渡し役」として、感性と理論を行き来しながら革新的なものづくりをリードしていく。
「当社はもともとモノづくりに強い会社ですが、多くのモノを効率よく生産するだけでいい、いいものだけ造り続ければいい時代ではありません。これまでは、各ブランドからの要望、言ってみれば顕在化している課題を解決することに力を注いできた。これからは、顕在化した課題を解決するのは当たり前。市場でまだ誰も気づいていない潜在的ニーズを形にするのが『ゴールドウイン テック・ラボ』の使命です」(平山)
「テック・ラボ」は単なるR&D拠点を超え、感性と理論の両輪で、新しい価値を生み出していく。
平山壮一(ひらやま・そういち)
1973年埼玉県生まれ。1997年当社入社。福岡営業所、大阪支店百貨店販売、東京本社百貨店販売、ノースフェイス事業部、コンプレッションアンダー事業部やゴールドウイン事業部での企画職を経て、2023年開発本部テック・ラボ部長に就任。学生時代はラグビーに打ち込み、今は100マイルのトレイルランニングレースにも挑むトレイルランナー。

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