
日本が世界に誇る国立公園などの豊かな自然をフィールドとして、体験価値を提供する「PLAY EARTH ADVENTURE」。スポーツの起源である「遊び」を通して、自然や地球環境との新たな関わりを生み出していく「PLAY EARTH(=地球と遊ぶ)」というコンセプトを2021年から掲げている当社が今、力を入れているプロジェクトの一つです。
スポーツ・アウトドアアパレル事業における「モノづくり」の強みを基盤に、日本各地にある国立公園の魅力やアクティビティ情報の発信、アウトドアツアーや環境保全イベントの紹介などを通して自然に親しむ豊かなライフスタイルを提供するーー。この、「モノづくり」と「コトづくり」を両輪とした成長戦略について、取締役COOの森が語ります。
環境省との国立公園オフィシャルパートナーシップが拓いた道
当社が「コトづくり」を事業として明確に意識する転機となったのは、富山県に整備中の「Play Earth Park」構想だ。単なる施設建設ではなく「何を提供するか」という問いに向き合ったとき、体験価値の重要性が浮かび上がった。
「パークをつくればお客さまが来るわけではありませんよね。何度も訪れたいと思っていただけるよう、どういった体験を提供するかが大事。オンラインショップで製品を購入されるお客さまが多い今、全社で約350万人いる会員の満足度を上げ、さらに会員を増やしていくにもコトづくりが肝となります」(森)

すでに「コトづくり」として取り組みはじめていることの一つが、2020年に環境省と締結した「国立公園オフィシャルパートナーシップ」だ。発端は、代表取締役社長CEOの渡辺が持ち続けていた「日本の国立公園の魅力をもっと伝えたい」という思いだった。渡辺は日本のロングトレイル第一人者、故・加藤則芳(没2013年)氏の「日本の国立公園の認知度を高めたい」という考えに共感していた。加藤氏をサポートしていた「ザ・ノース・フェイス(THE NORTH FACE)」ブランドを扱う事業部が中心となってお客さまとの接点として国立公園とのプロジェクトがスタートし、会社としてパートナーシップ提携へと発展した。
今では、国立公園の魅力や体験をソーシャルメディアなどで発信するほか、都市部の「ザ・ノース・フェイス」直営店舗や知床、ニセコ、白馬、立山、松本、石垣などのフィールドショップといわれる自然に近い店舗で国立公園の認知向上のためのパンフレット配布など情報発信を行う。国立公園の持続可能な保全と利用に寄与するためのプロジェクト「National Parks of Japan」の一環として、「ザ・ノース・フェイス」だけでなく、「ゴールドウイン(Goldwin)」や「ヘリーハンセン(HELLY HANSEN)」ブランドによる国立公園関連製品の製作や販売を行い、これらの売上の一部を自然公園財団(一般社団法人)に寄付するなどのモノとコトを融合させた取り組みなども行っている。

自治体連携と直営店ネットワーク
当社は、環境省「国立公園パートナーシップ」に留まらず、山梨県・北杜市、神奈川県・箱根町や葉山町、知床国立公園のエリアに含まれる北海道・斜里町や西表石垣国立公園を抱える沖縄県・竹富町、そして創業の地・富山県など、複数の自治体と包括連携協定を結んでいる。ただしそれは、「戦略的に全国へ拡大していく」という発想ではない。人の縁や地域との関わりから生まれた自然な流れだ。
「たとえば斜里町は、『ザ・ノース・フェイス』がサポートしている写真家の石川直樹氏がつねづね通われている場所でもあり、さまざまなご縁があって包括連携協定に至りました。国立公園は保全だけでなく、利用を促進し活性化させていくことも必要です。自治体と包括連携協定を結ぶことで地域に深くコミットできる。保全だけでなく、多くの人に訪れてもらい自然を楽しんでもらい、保全と利用の両立につなげています」(森)
加えて、「直営店が、地域と当社をつなぐ窓口となっている」と森は言う。「THE NORTH FACE/HELLY HANSEN知床」や「THE NORTH FACE/HELLY HANSEN石垣」「THE NORTH FACE屋久島」などのフィールドショップは、観光客が訪れるだけでなく地元住民とのコミュニケーション拠点にもなっており、自治体との信頼関係が強化されている。

「体験がブランドを育てる」実績の数々
「モノとコトは、切り離された存在ではない」と森は強調する。ラグビーでは「カンタベリー(canterbury)」、海では「ヘリーハンセン」、山では「ザ・ノース・フェイス」と、それぞれのブランドがスポーツイベントや自然との関わりを通してお客さまからの支持を広げてきた歴史がある。たとえば森が長年、事業を統括してきた「ザ・ノース・フェイス」では、2007年に開催された箱根外輪山を舞台にした50kmのトレイルレース「エンデュランスラン OSJハコネ50K」のスポンサー参加を皮切りに、「Mt.FUJI100」など15年以上にわたり大会を継続支援。日本にトレイルランニング文化を根付かせ、新しい市場を創り出し、ブランドの存在感を確立してきた。
さらに2022年からは、「ザ・ノース・フェイス」がスペシャルスポンサーとして「湘南国際マラソン」をサポートしている。給水時のペットボトルを廃止した「マイボトルマラソン」を導入し、2万5,000人の参加者全員がボトルを持参することで紙コップなどのマラソン大会で問題となっているゴミを限りなくゼロに近づけた。ほかのスポーツブランドの主戦場ともいわれるロードランニングに、ゴミを捨てると失格になるトレイルランニングの要素を取り入れ、「アウトドアの考え方をロードレースに持ち込むことで、ロードレースをやっている方々に新しい価値を提供することができた」と森は振り返る。
環境への配慮とブランドらしさを体験に組み込む姿勢は、まさにモノとコトを融合させた事例だ。

「コトづくりやコト事業という言葉を打ち出す前から、当社の各ブランドはイベントを通して体験価値を届けてきました。自然のなかでの体験を通して自然の大切さを思い出し、自然が大切だと思えば環境保全につながり、それがゆくゆくは当社の企業価値にもつながっていく。思い出に残るイベントやツアーなど、質の高い体験のバリエーションを増やし、製品やブランドのファンになってもらいたい。雨でも快適に過ごせるようにレインウエアを提供するように、多くの人が豊かな生活を送れるようにサポートする。すばらしい体験を提供することで対価を得て事業として成立させることは、これまでの延長線上にあります」(森)
とはいえ、ブランドマーケティングとしてのコトづくりと、体験そのもので収益を得る事業化は大きく違う。そこで存在感を示すのが、2025年4月に子会社化した山岳系の自然体験ツアーを展開するアルパインツアーサービス株式会社(以下、アルパインツアーサービス)だ。アルパインツアーサービスがグループに加わったことで、長年培われた安全管理や顧客リーチの運営ノウハウが共有され、良質な体験を提供できる体制ができた。「国立公園をフィールドとしたツアーは、お客さまの満足度が高く、収益性も高い」と森は話す。

コト事業がもたらすブランド力や企業価値の拡がり
体験の価値はこれだけにとどまらない。イベントやツアーを通して、ショップスタッフとお客さまが共に体験することも大きな効果を生む。
「一緒にトレッキングに参加すれば、ショップスタッフとお客さまとの関係性は一気に近くなります。体験を共有することで共感が生まれ、ファン化につながる」(森)
単なる販売員と顧客の関係を超え、ブランドと生活者を結ぶ「共体験」の場。店舗には多くの外国人観光客も訪れている。これまで国内顧客中心だった体験提供を、今後は海外からの旅行者にも広げていく。

「日本の自然を体験したいというインバウンド需要は非常に大きい。信頼ある各ブランドが提供することで期待される、質の高い体験でご満足いただけるよう努めたい」と森は胸を張る 。オーバーツーリズムへの懸念も踏まえ、保全と利用の両立を伝える取り組みを続けていく方針だ。
「体験でも、『この会社・ブランドがやっているから信頼できる』と思っていただけるようにすることが重要です。当社の製品づくりと同じように、新しい価値をつくり、そのクオリティを高めていく。コト事業は短期的に売り上げへ直結しにくい課題もある一方で、中長期的にはブランド力や企業価値を高める大きな可能性を秘めていると考えています。株主や投資家の皆さまにも、ツアーやアクティビティをご体験いただけたら嬉しく思います」(森)
森光(もり・ひかり)
取締役COO・専務執行役員
1963年生まれ。アウトドアブランド数社を経て2004年当社入社。2015年ザ・ノース・フェイス事業部担当部長を経て事業部長に就任。以来、ザ・ノース・フェイス事業を統括。2016年執行役員就任、2019年常務執行役員、2022年取締役常務執行役員、2023年取締役専務執行役員、2025年より当社取締役COO専務執行役員ザ・ノース・フェイス事業本部長兼グローバルブランド事業本部長を務める。時間ができると国立公園や日本の山々を歩く。50年にわたって世界中、日本各地を訪問。

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