THE NORTH FACE CAMP/THE NORTH FACE KIDS/NEUTRALWORKS.
2016年入社
大学卒業後、スーパーの鮮魚担当や広告代理店を経て入社。たこ焼き屋や八百屋でのアルバイトも経験。趣味は大好きなサーフィンのほか、サッカー観戦や古着収集、サウナ、低山ハイキングなど。
好きなことだけは続けたくて
——異色の経歴と伺いました。最初は魚を捌いていたとか?
はい、大学卒業後は手に職をつけたくて、スーパーで3年半ほど魚を捌いていました。その後は飲食店検索サイトの広告営業に転職しましたが、そこが激務な環境でした。それでも大好きなサーフィンだけは続けたくて、日曜の朝だけ海に入ってから仕事に向かっていました。その縁で手伝っていた個人のサーフショップを通じて当社の店舗スタッフと知り合い、うちに来ないかと誘われたのです。面談の時、私は商談の合間でスーツだったのに対し、人事担当者はデニムにマウンテンパーカー姿でした。そのフラットな空気がすごく良くて、ここだと直感しました。私は転職も結婚も、人生の選択はすべて勢いで決めてきたところがあります(笑)。

——BtoBの営業からBtoCの販売職に就くにあたり、戸惑いはありましたか?
入社初日、一番衝撃だったのはお客さまから洗濯ができるかを聞かれたことです。それまで洗濯表示など見たこともなかったので、答えられませんでした(笑)。そもそも前職の最終日は朝5時まで引き継ぎをして、数時間後には私服で鎌倉の店舗に立っていました。いきなり洗濯ができるかといった日常的で平和な質問を受けるギャップに、ものすごく肩の力が抜けましたね。
「幸せボケ」からの脱却
——販売のお仕事にはすんなりと馴染めましたか?
営業時代に培った会話術があったので、接客だからと変にかしこまらず、当時のフラットなテンションで話していたのが逆にうまく噛み合ったようです。ただ前職に比べて、人間らしい生活ができることに感動しすぎて、最初の1年ほどは完全に幸せボケしている状態でした。売上も単なる足し算と引き算程度にしか捉えておらず、ある意味で目の前のお客さまとの会話を楽しむ心の余裕がありすぎたとも言えます。

——その「幸せボケ」から、キャリアへの意識が変わったきっかけは何だったのでしょうか?
入社して2年半ほど経ち、仕事に厳しい店長がいる大型店舗に異動した時のことです。2年も経っているのに何もできないのかという主旨の指摘を厳しく受けました。ちょうど結婚して妻のお腹には子どももいるタイミングでした。このままでは家族を養っていけないと、そこでようやく現実に引き戻されました。仕事を甘く見ており、それまでのツケが回ってきたと焦りを感じました。
——そこからどのようにしてステップアップしたのですか?
まずは店舗運営の全体像を把握しなければと思い、あえて人数の少ない小さな店舗へ異動させてほしいと会社に希望を出しました。役割が細分化されている大型店ではなく、一人で何でもやらなければいけない環境に身を置きたかったからです。そこで自分に足りないスキルを可視化して泥臭く仕事を覚え、再び大型店に戻ってからは、当時の上司と二人三脚でマネジメントのノウハウを叩き込んでもらいました。

ブランドの根底にある本質を大切に
——そこから現在は恵比寿で3店舗の店長を兼任されていますよね。
はい。恵比寿の店舗は近隣にお住まいのお客さまがメインなので、私の通りがかりの人にでも気さくに話しかけられる強みを活かして、地域の方々にここにお店があって誇らしいと思っていただけるようなコミュニティを作っていきたいです。根底にあるのは会社への恩返しです。やんちゃだった私を見捨てず、10年間家族を安全に養える環境を与えてくれた会社には感謝しかありません。自分が培ってきたものをすべて注ぎ込んで、会社のために何ができるかを日々探求し続けていきたいと考えています。

——現場で10年経験を積んできた松本さんが考える「ザ・ノース・フェイスらしさ」とは何でしょう?
「ちょうどいいワイルドさ」だと思っています。ブランドが洗練されていく一方で、根底にはワイルドなアウトドアやカウンターカルチャーの歴史があります。イタリアンレストランにお腹の出た恰幅の良いシェフが出てくると美味しく感じるように、お店にもアウトドアの匂いを漂わせた、少し無骨なスタッフもいるべきだと考えています。実は、配属される店舗のコンセプトに合わせてヒゲの長さを変えています。今はキャンプの店舗なので、ワイルドなノース増し増しの仕様で店頭に立っています(笑)。
私の推しアイテム:90年代のアノラックジャケット

小学6年生のころ、毎日動物柄のTシャツを着ていて女子にからかわれたのを機に服に目覚め、19歳の時に古着屋で2000円で買った人生初のTHE NORTH FACEです。20代の夜遊びから登山、父親になった今の公園遊びまで、私の歴史をすべて知る相棒。未だにリペアなしで現役のこの一着は、息子の代まで受け継ぐつもりです。